05/08/2026
【伝統補完医療の最前線:中国の家伝の刺さない鍼「杵針(しょしん:杵针:chǔ zhēn」】
2022年10月26日『封面新聞』
「杵針(きね・はり):この『鍼(Acupuncture)』は、針(Needle)ではない」
杵针——此“针”不是针
https://m.thecover.cn/video_details.html?eid=dpgcrU0h3F0=×tamp=1785813524419
↑
このリンク先のわずか1分41秒の動画は、中国のむかしの家伝の皮膚鍼・接触鍼がどのようなモノなのか?興味をもっている方は、絶対に見た方が良いと思います。
日本語の「杵(きね)」は、お餅つきの「臼(うす)」と「杵(きね)」の「杵(きね)」です。
ただ、われわれが子どもの頃に、お餅つきで見たのは、江戸時代の日本製「横杵(よこぎね)」であり、アジアでは、棒状の「竪杵(たてぎね)」であり、月でウサギがモチツキに使っているのは「堅杵」です。また、仏教の法具の金剛杵(こんごうしょ)は、ヴァジュラ(vajra)という武器です。独鈷杵(どっこしょ)や三鈷杵(さんこしょ)や五鈷杵(ごこしょ)などがあります。杵針の形状はインドの武器ヴァジュラに似ている印象です。
以下、引用。
「まるで、神々の戦いを思わせる道具の名前、、
七曜混元杵(しちようこんげんしょ:七曜混元杵:qī yào hùn yuán chǔ:チーヤオフンユアンチュー)、
五星三台杵(ごせいさんだいしょ:五星三台杵:wǔ xīng sān tái chǔ:ウーシンサンタイチュー)、
金剛杵(こんごうしょ:金刚杵:jīn gāng chǔ:ジンガンチュー)、
奎星筆(けいせいひつ:奎星笔:kuí xīng bǐ:クイシンビー)は、
李仲愚(りちゅうぐ:李仲愚lǐ zhòng yú:リージョンユー)の、
「杵針(しょしん:杵针:chǔ zhēn:チューヂェン)」の基本道具なのです。」
七曜混元杵、五星三台杵、金刚杵、奎星笔……这些听起来像是“神仙打架”的法宝,却是李仲愚杵针疗法的基本工具。
以上、引用終わり。
伝説では、300年前の明末清初に、映画『グリーンディスティニー』の舞台である、
湖北省・武当山(ぶとうざん:武当山:Wǔdāng Shān)で、道士「如幻真人」から、
初代の李爾緋(りじひ:李尔绯:Lǐ Ěr Fēi:リーアーフェイ)が導引(気功)と杵針を学びました。
始祖李尔绯从如幻真人处学到的。如幻真人是武当山岩居道士,精武艺、善引导,常以杵针为穷苦山民治病。
武当山は、道教の道観が多いことで有名で、
道教の丘処機(きゅうしょき)から学んだ、
張三丰(ちょうさんほうう: 张三丰:Zhāng Sān Fēng)が、
太極拳(たいきょくけん:太极拳:Tài Jí Quán:タイジーチュアン)を
創始したことで有名です。
七曜混元杵(しちようこんげんしょ)の七曜とは、日・月・木・火・土・金・水の意味で、
五星三台杵(ごせいさんだいしょ)の五星とは、木星・火星・土星・金星・水星の意味です。
奎星筆(けいせいひつ)の奎星(けいせい)は、北斗七星です。
初代の李爾緋(りじひ)から、十七代、300年にわたって、四川省で家伝の鍼として受け継がれてきました。
第14代伝承者の李仲愚(りちゅうぐ:李仲愚lǐ zhòng yú:リージョンユー)先生は、
1920年に生まれ、5歳で学校に通い、13歳から従兄弟の李培生のもとで徒弟制度で医学を学びました。
李培生は清末に科挙に合格した学者で、『黄帝内経』『傷寒雑病論』『鍼灸甲乙経』を素読で学びました。
17歳で独立して、医家となり、鍼灸で臨床しながら、この期間は儒教・仏教・道教・医学理論基礎を研究しました(在此期间他在深入研究儒、释、道、医诸家理论的基础)。
「長鍼の李(“李长针”)」として知られるようになります。
19歳の時に、四川省国民党政府の試験に合格し、「成都国医学院(成都国医学院)」に入学します。当時は中国伝統医学は「中医」ではなく、「国医」と呼ばれていました。
「長年の臨床経験の中で、彼は高齢者や虚弱な人、女性、子供の中には鍼治療が必要なのに、針を怖がって治療を受けられない人がいることに気づいた。そこで彼は、自身の家族に伝わる伝統的な鍼治療を臨床に応用した。」
在多年的临床工作中,他发现有些老弱妇孺病需要用针灸治疗时,病人由于畏惧扎针,从而丧失了治疗的机会,他便将家里祖传的指针疗法用到了临床治疗上。
↑
第14代の李仲愚(りちゅうぐ)先生が、患者さんへの哀れみの気持ちから、家伝のホンモノの中国伝統医学の鍼を公開(go public)していただいたことから、われわれも、その存在を知ることができました。
1950年代に、中国共産党によって「中医(Zhōng Yī:チョンイー)」がクリエイトされる前の、中華民国時代の「国医・國醫(Guó Yī:グオイー)」の鍼は、現在のステンレス製毫鍼とは、まったく異なる世界だったのです。