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迎え火・送り火①〜火に込められた意味と歴史〜もうすぐお盆ですね。お盆の時期、玄関先や墓前で静かに火を灯す迎え火・送り火の風景。今回から2回にわたって、その意味と歴史、そして全国に受け継がれる行事をご紹介します。迎え火・送り火の起源は、仏教伝...
10/08/2026

迎え火・送り火①
〜火に込められた意味と歴史〜

もうすぐお盆ですね。お盆の時期、玄関先や墓前で静かに火を灯す迎え火・送り火の風景。今回から2回にわたって、その意味と歴史、そして全国に受け継がれる行事をご紹介します。

迎え火・送り火の起源は、仏教伝来以前の祖霊信仰にまで遡るとされています。日本古来の「精霊を迎える習俗」と仏教の盂蘭盆会が習合し、平安時代頃に現在のような形で定着したと考えられています。

火には古来、霊を慰め導く神聖な力があるとされており、神事や儀式の中でも重要な役割を果たしてきました。平安時代には貴族の間で仏前に灯明をともしながら精霊を供養する習慣が見られ、鎌倉・室町時代には灯籠や提灯を用いた供養の風習が定着していきました。室町から江戸時代にかけて庶民へと広まる中で、清浄な煙で穢れを祓うとされる麻の茎「おがら」を焚く現在の形式が確立されていきました。

山岳信仰や祖霊信仰とも深く結びつきながら各地で独自の形へと発展し、今日まで脈々と受け継がれてきたのです。単なる風習の枠を超えて日本人の祈りの文化として深く根ざしてきた迎え火・送り火。

次回は、全国に受け継がれる代表的な行事をご紹介します🎐

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盆踊りと先祖供養②〜夏の夜に受け継がれる祈りと感謝の想い〜前回は盆踊りの起源についてご紹介しました。今回は盆踊りに込められた意味と、現代に受け継がれるものをご紹介します。盆踊りにはさまざまな所作に深い意味が込められています。輪になって左回り...
03/08/2026

盆踊りと先祖供養②
〜夏の夜に受け継がれる祈りと感謝の想い〜

前回は盆踊りの起源についてご紹介しました。今回は盆踊りに込められた意味と、現代に受け継がれるものをご紹介します。

盆踊りにはさまざまな所作に深い意味が込められています。輪になって左回りで踊るのは、「時を戻す」=死者の国と現世の循環を象徴するという説があります。また中央に設けられた櫓(やぐら)は、霊が降りてくる依り代とも言われています。太鼓や囃子に合わせて踊りながらご先祖様の霊をもてなし、お盆の終わりには感謝とともに送り出す——盆踊りはまさに、生者と死者が一夜だけ共に過ごすことのできる、かけがえのない特別な場だったのです。

江戸時代には男女の出会いの場としても親しまれ、風紀を乱すとして取り締まりの対象になったこともありました。その後、大正時代以降は地域の娯楽として復活しましたが、現代では先祖供養の意味合いは薄れ、夏のイベントとしての側面がより強くなっています。

時代や形が変わっても、踊りの一歩一拍に込められた先人たちの祈りと感謝は、決して消えることはないのではないでしょうか。今年の夏は、その意義やご先祖様への想いをはせながら踊ってみると、少し違った盆踊りの思い出になるかもしれませんね🌻

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盆踊りと先祖供養①〜その起源と深い関係〜盆踊りといえば夏の風物詩として広く親しまれていますが、その起源をたどると、先祖供養の深い精神に行き着きます。今回から2回にわたって、盆踊りと先祖供養の深い関係をご紹介します。盆踊りのルーツは、平安時代...
27/07/2026

盆踊りと先祖供養①
〜その起源と深い関係〜

盆踊りといえば夏の風物詩として広く親しまれていますが、その起源をたどると、先祖供養の深い精神に行き着きます。今回から2回にわたって、盆踊りと先祖供養の深い関係をご紹介します。

盆踊りのルーツは、平安時代まで遡ります。京都・六波羅蜜寺を拠点に活動した僧・空也上人が民衆に念仏を広めるために始めた「鉢叩き念仏」、そして鎌倉時代に一遍上人が全国に広めた「踊り念仏」——これらが先祖の霊を供養する盂蘭盆会と結びついたことで、やがて「盆踊り」として確立していきました。

さらに盆踊りの直接の起源として広く伝えられているのが、目連尊者の説話です。餓鬼道に堕ちた母が救われたとき、目連尊者は「喜びのあまり踊った」と伝えられています。苦しみから解放された命への純粋な喜びが、盆踊りの根底には脈々と流れているのではないでしょうか。

お盆の期間にご先祖様の霊を迎え、慰め、そして送り出すための儀式として始まった盆踊り。現代では夏のイベントとして親しまれていますが、その一歩一拍にはもともと深い祈りと感謝の気持ちが込められていました。改めてその意味を噛みしめながら、次回は盆踊りに込められた意味と現代に受け継がれるものをご紹介します🌻

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毎月第3木曜日に、さいたま市にて人形供養を厳修しております。今月は7月16日に供養させていただきました。次回は8月20日になります。※8月以降は偶数月の第3木曜:9:00~(40分程度)にご供養させていただきます。
23/07/2026

毎月第3木曜日に、さいたま市にて人形供養を厳修しております。

今月は7月16日に供養させていただきました。

次回は8月20日になります。

※8月以降は偶数月の第3木曜:9:00~(40分程度)にご供養させていただきます。

お盆の時期はなぜ違う?③〜形が違っても、心はひとつ〜前回は8月盆・旧暦盆を守り続ける地域についてご紹介しました。最終回の今回は、お盆の本来の意味を振り返ります。お盆の正式名称は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」。お釈迦様の弟子・目連尊者が、餓鬼道に...
20/07/2026

お盆の時期はなぜ違う?③
〜形が違っても、心はひとつ〜
前回は8月盆・旧暦盆を守り続ける地域についてご紹介しました。最終回の今回は、お盆の本来の意味を振り返ります。

お盆の正式名称は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」。お釈迦様の弟子・目連尊者が、餓鬼道に堕ちた母を救うために僧たちに供養を行ったという仏教説話に由来します。この教えが日本に伝わり、先祖の霊を迎え供養する行事として根付いたのがお盆のはじまりです。

7月盆・月遅れ盆(8月盆)・旧暦盆と、時期は地域によって異なりますが、行われる内容に大きな差はありません。迎え火でご先祖様をお迎えし、精霊棚にお供えを整え、送り火でお見送りする——その心は、どの地域でも、いつの時代でも変わらないものではないでしょうか。

改暦によって時期に違いが生まれてから150年以上が経った今も、「ご先祖様を迎え、感謝し、丁寧にお見送りする」という盂蘭盆会の本質は脈々と受け継がれています。形や時期が違っても、その根底にある思いはひとつ。3回にわたってお盆の暦についてご紹介してきましたが、あらためてその意味を噛みしめながら、ご先祖様に手を合わせる丁寧でおだやかな時間を大切にしていきたいですね🌻

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お盆の時期はなぜ違う?②〜8月盆・旧暦盆を守る地域〜前回は、明治の改暦がお盆の時期に地域差を生んだ経緯をご紹介しました。今回は、8月盆・旧暦盆を守り続ける地域についてです。全国的に見ると、お盆は8月13日〜16日に営む「月遅れ盆」が主流です...
13/07/2026

お盆の時期はなぜ違う?②
〜8月盆・旧暦盆を守る地域〜

前回は、明治の改暦がお盆の時期に地域差を生んだ経緯をご紹介しました。今回は、8月盆・旧暦盆を守り続ける地域についてです。
全国的に見ると、お盆は8月13日〜16日に営む「月遅れ盆」が主流です。北海道・東北・新潟・長野・関西など、幅広い地域で8月盆が行われています。改暦後も農繁期と重なる7月に慣習を切り替えることが難しく、旧暦7月15日に最も近い新暦8月15日を中心にお盆を営むようになったのがその理由です。

一方、さらに異なる形でお盆を守り続けている地域もあります。沖縄や鹿児島県奄美地方では、現在も旧暦の7月15日を中心とした「旧暦盆」が行われています。旧暦に従うため毎年日付が変わりますが、「家族を大切に、祖先を大切に」という思いの強い沖縄では、旧暦盆は一年で最も大切な行事とされています。最終日には祖先の霊を送り出す「ウークイ」が行われ、「エイサー」の踊りでご先祖様をにぎやかにお見送りします。

このように日本のお盆は、7月盆・月遅れ盆(8月盆)・旧暦盆の三つに大別されます。時期は違えど、ご先祖様を迎え供養する心はどの地域でも変わりません。次回は、お盆の本来の意味と先祖供養の心についてご紹介します🌻

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もうすぐお盆の季節ですね🎐東京は7月、多くの地方では8月とお盆の時期が異なりますが、その背景にある理由を改めて振り返ってみませんか?今回から3回にわたってご紹介します。この違いは、明治時代の「改暦」がきっかけでした。江戸時代まで、日本のお盆...
06/07/2026

もうすぐお盆の季節ですね🎐
東京は7月、多くの地方では8月とお盆の時期が異なりますが、その背景にある理由を改めて振り返ってみませんか?
今回から3回にわたってご紹介します。

この違いは、明治時代の「改暦」がきっかけでした。江戸時代まで、日本のお盆は旧暦7月15日を中心に営まれていました。ところが明治5年(1872年)、政府は国際基準に合わせるため、太陰太陽暦から太陽暦(新暦)へと改暦を断行します。

明治5年12月2日の翌日が突然「明治6年1月1日」となるという、まさにあわただしい改暦でした。これにより旧暦と新暦の間におよそ1カ月のズレが生じることになります。

明治政府は新暦の徹底を強く図り、そのお膝元であった東京などの都市部はいち早くこれに対応。官公庁や企業が新暦の導入に即応したこともあり、新暦の7月15日をお盆とする習慣が都市部を中心に根付いていきました。

一方、地方の農村部では7月はまだ農繁期の真っただ中。昔からの慣習をすぐに切り替えることも難しく、旧暦7月15日に近い新暦8月15日をお盆とする「月遅れ盆」が徐々に定着していきました。

次回は、8月盆・旧暦盆を守り続ける地域についてご紹介します🌻

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弘法大師空海のご生涯③〜東寺を賜り、入定へ〜前回は唐での師・恵果との出会いと帰国後のご活躍をご紹介しました。今回は空海の後半生です。823年、嵯峨天皇から官寺であった東寺を賜った空海。50歳のときのことです。空海はこの喜びを「歓喜にたえず、...
29/06/2026

弘法大師空海のご生涯③
〜東寺を賜り、入定へ〜

前回は唐での師・恵果との出会いと帰国後のご活躍をご紹介しました。今回は空海の後半生です。

823年、嵯峨天皇から官寺であった東寺を賜った空海。50歳のときのことです。空海はこの喜びを「歓喜にたえず、秘密道場となす」と記しています。東寺を真言密教の根本道場と位置づけた空海は、講堂・五重塔の工事に着手する一方、身分に関係なく誰でも学べる私設の学校・綜藝種智院(しゅげいしゅちいん)を設立します。「物の興廃は必ず人による、人の昇沈は定めて道にあり。」道を学ぶことの大切さを説いたこの言葉は、今も色褪せません。

東寺を都の密教道場に、高野山を修禅道場に。その壮大な計画のもと弟子たちが造営を進め、832年にはついに高野山に金堂が完成。835年には宮中真言院で鎮護国家・五穀豊穰を祈る後七日御修法を執り行いました。

そして高野山にようやく春が訪れようとしていた旧暦3月21日、弟子たちの読経のなか、空海は静かにご入定になりました。「身は高野、心は東寺に納めおく、大師の誓いあらたなりけり。」東寺の御詠歌はその生涯をそのまま伝えています。1200年を超えた今もなお、お大師さまは私たちのそばにいてくださいます🌿

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毎月第3木曜日に、さいたま市にて人形供養を厳修しております。今月は6月18日に供養させていただきました。次回は7月16日になります。
23/06/2026

毎月第3木曜日に、さいたま市にて人形供養を厳修しております。

今月は6月18日に供養させていただきました。

次回は7月16日になります。

弘法大師空海のご生涯②〜師・恵果との出会い、そして帰国〜前回は、空海が師を求めて唐へと旅立つところまでをご紹介しました。今回はその続き、唐での師・恵果との出会いと帰国後のご活躍をご紹介します。804年12月、唐の都・長安に入った空海は、サン...
22/06/2026

弘法大師空海のご生涯②

〜師・恵果との出会い、そして帰国〜

前回は、空海が師を求めて唐へと旅立つところまでをご紹介しました。今回はその続き、唐での師・恵果との出会いと帰国後のご活躍をご紹介します。

804年12月、唐の都・長安に入った空海は、サンスクリット語などを学びながら最新の知識を吸収していきます。およそ半年後、密教の正統な継承者である恵果が住む青龍寺を訪ねると、恵果は「われ先より汝の来れるのを知り、相待つこと久し」——以前からあなたが来ることを知り、長く待っていた——と告げたといいます。

まもなく空海は、胎蔵界・金剛界の灌頂(密教の奥義を授かる儀式)を受け、真言密教の第八祖となります。灌頂名は「遍照金剛」。恵果は曼荼羅や経典とともに、智慧の象徴である五鈷杵(ごこしょ)をはじめとした密教法具を授けましたが、出会いから6カ月後に静かに入滅されました。

入唐から2年後、空海は膨大な経典や仏画を持って帰国します。朝廷に提出した『請来目録』には経典類だけで216部461巻が記されており、密教は朝廷内で最大の関心事となりました。嵯峨天皇の信任を得た空海が、高野山の建立を願い出たのは、帰国から10年後のことでした。

次回は、東寺を賜り、入定に至るまでの後半生をご紹介します🌿

住所

芝新町9/3
Kawaguchi-shi, Saitama
333-0851

営業時間

月曜日 09:00 - 19:00
火曜日 09:00 - 19:00
水曜日 09:00 - 19:00
木曜日 09:00 - 19:00
金曜日 09:00 - 19:00
土曜日 09:00 - 19:00
日曜日 09:00 - 19:00

電話番号

+81120048548

アラート

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