北九州ヨガセンター

北九州ヨガセンター 形を追うことから、その本質(在り方)へ。

レッスン、練習中に気付いた事からわかりやすい物語を紡ぎ出しています。

日常とヨガの関わり方をお伝え出来ればとおもっています。

クラス案内・ Webサイト: https://lit.link/yogimag

アイアンガーヨガ

木曜日 10:30~小倉北区魚町
月曜日 火曜日 10:00~ 築上町
水曜日 10:00~門司松ヶ枝
金曜日 10:00~中津市ダイハツアリーナ
土曜日 10:00~オンライン

プライベートレッスンあり

04/09/2026

怒ってもよかった

隆には、昔から、腹が立つとまず顎に力が入る癖があった。

奥歯を軽く噛みしめる。頬のあたりが硬くなる。それから、その硬さごと、何もなかったことにする。

弟のことを考えるときは、たいていそうだった。

母の介護の手続きも、実家の名義変更も、結局は隆がやった。弟は遠くに住んでいて、電話一本で「兄さんに任せるよ」と言う。それで済んでしまう。

腹が立たないわけではなかった。

けれど、腹を立てたところで何も変わらない。弟にも弟の生活がある。母だって、二人が揉めるのを見たくないだろう。そう考えると、腹立ちは、いつのまにか別のものに置き換わっていた。

「自分がしっかりしていれば、それでいい」

そう思うことにしていた。実際、そう思っているつもりだった。

ヨガを始めたのは、去年、歯医者で「歯ぎしりがひどいですね」と言われたのがきっかけだった。

その日のレッスンでは、うつ伏せになり、両手を肩の下について、上体をゆっくり起こすところから始まった。

「肩を、耳から遠ざけてください」

久美子先生が言う。

隆は肩を下げようとした。けれど、下げようとするたびに、顎が前に出た。

「顎は、まだ働かなくて大丈夫ですよ」

言われて、初めて自分の顎に力が入っていることに気づいた。

もう一度やってみる。今度は、顎の力を抜こうとした。

すると、代わりに肩が上がった。

「そこじゃなくてもいいんです」

久美子先生は、隆の肩甲骨のあたりに軽く手を添えた。

「ここから、少しだけ、背中を使ってみましょう」

隆は、肩でも顎でもなく、背中の中ほどを探した。

慣れない場所だった。力の入れ方がよく分からない。

それでも、しばらく探していると、背中の奥の方が、ほんの少し持ち上がった。

同時に、顎の力がふっと抜けた。

隆は、そのまま止まった。

「今、何かありますか」

「……顎が、楽になりました」

「そうですか」

久美子先生は、それ以上何も言わなかった。



次は、椅子に座り、片方の腕を大きく回すポーズだった。

「腕を後ろへ回すとき、胸から開いてみてください」

隆は腕を回した。肩の関節が動くのは分かる。けれど、胸のあたりは、動いているのかどうか分からなかった。

「無理に開かなくていいので、開かない場所があることに、気づくだけでいいです」

隆は腕を止めた。

胸の真ん中、少し下。そこに、何かが硬く畳まれているような感じがあった。

言葉にはならなかった。ただ、そこだけ、呼吸が入っていかない。

久美子先生は、何も聞かなかった。隆も、何も言わなかった。



レッスンの終わり、仰向けになって目を閉じた。

呼吸をしていると、さっきの胸の硬さのことを、また思い出した。

弟のことが浮かんだ。

小さいころ、何かがあると、母はいつも弟の言い分を先に聞いた。「隆はお兄ちゃんだから」と言われるたびに、隆は自分の言い分を飲み込んだ。

大人になっても、それは続いた。

譲るのが当然だと思っていた。譲ることが、自分の役目だと思っていた。

けれど、目を閉じたまま、隆はふと思った。

──本当は、ずっと腹が立っていたのかもしれない。

その考えは、すぐには受け入れられなかった。

腹を立てるようなことじゃない。弟にも事情がある。母だって年だ。

いつもの言葉が、いくつも浮かんだ。

それでも、胸の硬さは、そこにあった。

隆は、その硬さに向かって、初めて別の言葉をかけてみた。

「腹が立ってもよかったのかもしれない」

誰かに言うでもなく、ただそう思っただけだった。

すると、胸の奥で、何かがわずかに緩んだ。

大きな変化ではなかった。息が、少し深く入っただけだった。



レッスンのあと、久美子先生が聞いた。

「今日は、どこか変わりましたか」

隆は少し考えて、

「胸のあたりが、少し楽になりました」

と答えた。

「そうですか」

それだけだった。



その週末、弟から電話があった。

「実家の件、また兄さんに任せていいかな」

いつもなら、隆はすぐに「いいよ」と言っていた。

その日は、少しだけ間があった。

「今回は、お前も一緒にやってくれないか」

言ってから、隆は自分の声が、思っていたより硬くないことに気づいた。

弟は、少し黙った。

「……分かった。今度、そっちに行くよ」

電話を切ったあと、隆は自分の肩を触ってみた。

いつもより、下がっていた。

顎にも、力が入っていなかった。



次の週、隆はまた教室へ行った。

同じように肩甲骨から背中を使い、同じように腕を回した。

胸のあたりの硬さは、まだ少し残っていた。

それでも前より、そこに呼吸が入るようになっていた。

隆は、その硬さを直そうとはしなかった。

ただ、そこにあることを、今は知っている。

腹が立つことを、なかったことにしなくてもいい。

そう思えるだけで、肩の重さが、少し違っていた。

直子は、夜になると机に向かっていた。 仕事を終え、家のことを片づけ、ようやく自分の時間になる。もう若いころのように何時間も続けて書くことはできない。それでも、机の前に座って画面を開くと、頭の中に別の世界がゆっくりと現れてくる。 物語を書くこ...
24/08/2026

直子は、夜になると机に向かっていた。

 仕事を終え、家のことを片づけ、ようやく自分の時間になる。もう若いころのように何時間も続けて書くことはできない。それでも、机の前に座って画面を開くと、頭の中に別の世界がゆっくりと現れてくる。

 物語を書くことは、子供のころから好きだった。

 本を読むのが好きで、読み終わると、その先を勝手に想像した。登場人物が別の道を選んだらどうなるのだろう。もし、この人があのとき別の言葉を口にしていたら――そんなことを考えているうちに、自分で物語を作るようになった。

 母に言われたことを覚えている。

「もっと外で遊びなさい」

「本ばっかり書いていないで、ほかのことも勉強しなさい」

 中学生になり、高校生になると、

「いつまでそんなことしているの」

 と言われるようになった。

 母は、変わったことをするより、普通に生きるほうが安心だと思っていたのだろう。

 直子は小説家になりたかった。

 何度か賞にも応募した。いいところまで残ったこともある。けれど、そのたびに、母に言われた。

「それで食べていけるの?」

 いつの間にか、それは母の言葉ではなく、自分の言葉になっていた。

 小説家になることは諦めた。

 それでも、書くことはやめなかった。

 翻訳の仕事をして生活を支えながら、時間を見つけては、誰にも見せない小説を書いた。

 人の気持ちを想像するのは、昔から好きだった。母の顔色を見ながら育ったせいかもしれない。  小説を書くとき、それがそのまま役に立った。この人物は、なぜここでこんな顔をするのか。本当は何を言いたかったのか。誰にも見せないからこそ、遠慮なく人の心の中に入っていけた。

 そんなふうに人の気持ちを考えているうちに、母のことも考えるようになった。

 自分が子供だったころ、母は何を考えていたのだろう。

 母にも母の人生があった。

 私に言った言葉の一つ一つが、そのまま母のすべてだったわけではない。

 そう思えるようになるまでには、ずいぶん時間がかかった。

 五年ほど前、母に誘われてヨガを始めた。

「近所に教室ができたのよ。一緒に行ってみない?」  母がそう言った。

 最初は二人で通った。身体が伸びていくのが気持ちよく、直子はのめり込んでいった。何度か通ううち、先生から「ちゃんと学んでみませんか」と声をかけられた。  母は横で、「そこまでしなくても」と笑っていた。

 母はしばらくするとやめた。

 次はピラティスだと言い、その後はスポーツジムへ行くようになった。

 直子はヨガを続けた。

 最初は身体を動かすことが気持ちよかった。

 けれど、今の教室へ移ってから、少しずつヨガを見る目が変わった。ポーズができるようになることだけではなく、自分の身体を観察し、自分の中にあるものに気づいていく。

 それが面白かった。

 母には、たぶんその面白さは分からない。

 そう思っていた。

 その日も、母はスポーツジムから帰ってきたところだった。

「直子、あなたも一緒にジム行かない?」

「お母さん、ピラティスはどうしたの?」

「今はね、ジムよ。近所にもできたでしょ。二十四時間いつ行ってもいいのよ。みんな行っているみたいよ」

「そうなんだ。私はヨガに行っているからいいよ」

 母は少し笑った。

「まだヨガをしているのね。まだ続けているの? おもしろい?」

 その言葉を聞いた瞬間、直子の中で何かが切れた。

「面白いから行っているんじゃない。お母さんこそ、コロコロ変わって、役に立ってるの?」

 言ってしまってから、しまったと思った。

 母は黙った。

 いつもなら、すぐに言い返してくる。

 けれど、その日は何も言わなかった。

 直子も何も言わず、母の顔を見ていた。

 目尻の皺が、以前より深くなっている気がした。  白髪が、こめかみのあたりに増えていた。

 いつも自分より先にいて、自分を叱ったり、心配したりしていた母が、いつの間にか年を取っていた。

 そのことが、なぜか胸に残った。

 腹立たしさは消えなかった。

 それでも、それ以上何かを言う気にはなれず、直子はそのままヨガへ向かった。

 マットの上で、腕を後ろに回した。  いつもは動かない場所が、ほんの少しだけ動いた。  それだけのことなのに、身体の奥で、何かがほどける音がした気がした。

 練習をしている間も、母の言葉が残っていた。

 ――まだヨガをしているの?

 なぜ、あんなに腹が立ったのだろう。

 考えているうちに、昔の母の言葉まで浮かんできた。

 いつまでそんなことをしているの。

 それで食べていけるの。

 そんなことをして、どうするの。

 どれも、もう何年も聞いていない言葉だった。

 それなのに、身体の中にはまだ残っていた。

 練習が終わり、シャバアサナに入った。

 目を閉じ、身体の力を抜いていく。

 しばらくすると、ふいに光景が浮かんだ。

 幼いころの自分だった。

 床に座って、クレヨンで絵を描いている。

 すぐそばに、若い父と母がいた。二人は何か話している。

「この子、一日中絵ばかり描いているのよ。大丈夫かしら」

 母の声が聞こえた。

「何が。子供ってそんなもんだろう」

 父は、大したことのないように答えていた。

 けれど、幼い自分は、母の「大丈夫かしら」という言葉だけを聞いていた。

 そして、もう絵を描くのをやめようと思った。

 そこで光景は消えた。

 目を開けても、しばらく動く気になれなかった。

 本当にそんなことがあったのかは分からない。

 一日中絵を描いていたという記憶もない。

 けれど、あまりにもリアルだった。

 帰り道、頭の中は静かだった。

 家に帰ると、母がいた。

 いつもの場所に座っている。

 その横顔を見た。

 さっき、シャバアサナで見た母の顔が、そこに重なった。

 あのとき父は、「子供ってそんなもんだろう」と、たいして気にしていなかった。  心配していたのは、母だけだった。

 直子は、台所に入り、湯呑みに茶を注ぎ足した。  何も言わずに、母の前に置いた。

 母も、何も言わなかった。  ただ、湯呑みを両手で包むように持った。

 直子は、その隣に座った。

 その夜、直子は机に向かった。

 書きかけの原稿を開く。

 しばらく画面を眺めていると、昔応募した賞のことを思い出した。

 あのころは、書きたい気持ちがあっても、その先に「無理」という言葉があった。

 自分にはできない。

 そう思って、やる前に諦めていた。

 けれど今は、少し違った。

 直子は新しい画面を開いた。

 キーボードに指を置く前に、ふと、手のひらを見た。

 クレヨンを握っていた、小さな指のことを思い出した。  あのとき置いたクレヨンを、今、拾い直すような気がした。

 しばらく考えてから、指を置いた。

 窓の外で、風が鳴っていた。

久美子は、レッスンの前にいつも少しだけ、教室の空気を読む。誰がどんな肩でドアを開けたか。 誰が、椅子に座る前から、もう疲れた顔をしているか。長く教えていると、わかることがある。 「もう変わらない」と思っている身体は、独特の重さを持っている。...
19/08/2026

久美子は、レッスンの前にいつも少しだけ、教室の空気を読む。

誰がどんな肩でドアを開けたか。 誰が、椅子に座る前から、もう疲れた顔をしているか。

長く教えていると、わかることがある。 「もう変わらない」と思っている身体は、独特の重さを持っている。 それは七十代の生徒だけではない。 四十代で、一日中パソコンの前に座っている人にも。 子どもを産んでから、自分の身体を後回しにしてきた人にも。 そして、久美子自身にも、かつてそうだった時期がある。

その日、教室に来たのは、七十歳を過ぎた女性だった。

朝、布団から起きるとき、以前なら何も考えなかった動作に、今では少し時間がかかる。 椅子から立つときもそうだった。

立てないわけではない。 歩けないわけでもない。 ただ、以前と同じようにはいかない。

「歳だから仕方ないわね」

その人は、いつものように笑った。

久美子も、笑って答える。

「そうですね」

けれど、そのあと、

「では、ちょっとやってみましょうか」

と続けた。

その日は、椅子を使うことにした。

両手を椅子の座面に置いてもらう。 身体を少し後ろへ引く。

「手で椅子を押してみてください」

言われた通りに押してみる。 何も起こらない。

「もう少し押してみましょう」

今度は、手のひら全体で押してみる。 肩が少し動いた。 背中のあたりが、さっきとは違う。

久美子は、その小さな変化を見逃さない。

「今度は、指も使ってみましょう」

指先まで椅子を押す。 すると、背中が少し長くなったような気がした。

ほんの少しだった。 けれど、

「さっきと違う」

と、その人は思った。

次は、足を使った。 片方の足を残して、もう一方を動かす。

久美子は、動かしている足よりも、残っている足を見ている。

「こちらの足で、床を押しておいてください」

言われて、残った足に少し力を入れる。 すると、動かしていた足が軽くなった。

不思議だった。 足を動かしているのに、動かしていない足のことを考えている。

「身体って、全部つながっているんですね」

誰かが言った。

久美子は、

「そうですね」

とだけ答えた。

説明したいことは、いくつもあった。 けれど、今それを言葉にしてしまうと、この人が今つかんだばかりの感覚が、誰かから聞いた知識に変わってしまう。 それは、久美子が長い時間をかけて学んだことのひとつだった。

レッスンの終わり頃、また最初の椅子に戻った。

同じように手を置く。 同じように身体を後ろへ引く。

最初と同じことをしている。 けれど、少し違った。

肩が軽い。 背中が伸びる。 呼吸が前より楽だった。

何が変わったのか、うまく説明できない。

久美子も、説明しなかった。 ただ、

「最初と今で、何か違いますか?」

と聞いた。

しばらく考えて、

「……少しだけ」

と、その人は答えた。

それだけだった。 それで十分だった。

帰り道、いつもの坂を歩く。

坂そのものは変わっていない。 自分の足も、急に若返ったわけではない。

それでも、いつもより少しだけ、足元が気になった。

右足を置く。 左足で地面を感じる。 次に、右足を出す。

そんなことを考えながら歩いた。

途中で立ち止まって、振り返った。 さっきまで歩いてきた坂を見る。

「まだ、変わるところがあるのかもしれない」

誰に言うでもなく、そう思った。

そして、また歩き始めた。

久美子は、教室の後片付けをしながら、今日もひとつ、同じことを思い出していた。 自分の身体も、去年とはもう違う。 けれど、来年の身体が、今年とまったく同じだとは、まだ決まっていない。

身体は、昨日までの身体と同じではない。 けれど、明日の身体も、今日とまったく同じとは限らない。

そのことを、ほんの少し思い出す。 それだけで、坂の景色は変わる。

そして次の水曜日も、また教室へ行くことにした。

生徒たちが帰ったあと、私は一人、教室に残っていた。明かりを落とし、マットを敷く。それが、いつからか続いている習慣だった。その夜は、骨盤まわりを緩めるリラクゼーションをしていた。仰向けに寝て、膝を立てる。腿の付け根、上と下にボルスターを置き、...
13/08/2026

生徒たちが帰ったあと、私は一人、教室に残っていた。明かりを落とし、マットを敷く。それが、いつからか続いている習慣だった。

その夜は、骨盤まわりを緩めるリラクゼーションをしていた。仰向けに寝て、膝を立てる。腿の付け根、上と下にボルスターを置き、さらに上におもりを載せた。オモリが足を固定し骨盤が整っていく。ただそれだけの姿勢で、しばらく呼吸だけを見ていた。

腰の下に、少し詰まったような感じがあった。

呼吸の動きに合わせて、その部分をただ感じてみる。

すぐには、何も変わらなかった。

力を抜こうとしてみる。それでも、なかなか抜けていかない。

続けていると、そこに抵抗のようなものを感じた。

動いて、そこにエネルギーを与えてはいけない。そう思った。

できる限り力を抜いたまま、動かさずに、ただじっと見ていた。

すると、抵抗していたはずのものが、ふっと緩んだ。

その瞬間、記憶が浮かんだ。呼ぼうとしたわけではなかった。ただ、身体の奥が緩んだ拍子に、長いこと仕舞われていたものが、ひとりでに出てきた。

何十年も前に別れた、彼女のことだった。

別れる少し前、喧嘩をした夜のことだった。彼女は、ひどい言葉を私に投げつけた。私は、どうしていいか分からず、ただ黙ってしまった。

あの時は、本当に分からなかった。何を言えばいいのか。どんな顔をすればいいのか。

腰の下に残っていた詰まりに、もう一度、そっと意識を向けてみた。身体を硬くしていた場所に、まだ何かが残っていた。

それは、彼女の言葉に傷ついた痛みではなかった。

そのことに、私は初めて気づいた。

彼女を、大事にしたかったのだ。ただ、それだけだった。

あんな言葉が出たのは、彼女の中にも、何か抱えているものがあったからだったのかもしれない。

でも私は、彼女のその気持ちに、ちゃんと向き合ってあげられなかった。

あの頃は、お互いに若かった。それぞれに、抱えているものがあった。向き合うなんて言葉さえ知らなかった。

ごめん。

身体の奥から、こぼれてきた。

そう感じた瞬間、涙が出てきた。

向き合えなかったこと。黙ってしまったこと。ちゃんと伝えられなかったこと。

涙と一緒に、お腹のこわばりが、すっと抜けていくようだった。

長いあいだ、そこに力を入れて、何かを守り続けていたのだと、初めて分かった。

しばらくして、少し落ち着いてきた。

そのとき、彼女の声が聞こえたような気がした。

「よかったね」

それだけだった。

私は何も言わなかった。ただ、その声の温かさが、今の自分をそのまま肯定してくれているように感じられた。

しばらく仰向けのまま、天井を見ていた。窓の外で、風が木の葉を揺らしていた。

明日も、教室には誰かが来るだろう。私は、誰にも答えを渡さないだろう。ただ、力の入っている場所を、一緒に探すことだけは、続けていけると思った。

膝のお皿が上がるまで健一がヨガを始めて、十年以上が過ぎていた。その間、何度も同じポーズを繰り返してきた。先生の声を聞き、その言葉に合わせて身体を動かす。できなかったことができるようになり、以前より身体が動くようになった。十年という時間は、そ...
10/08/2026

膝のお皿が上がるまで

健一がヨガを始めて、十年以上が過ぎていた。

その間、何度も同じポーズを繰り返してきた。

先生の声を聞き、その言葉に合わせて身体を動かす。

できなかったことができるようになり、以前より身体が動くようになった。

十年という時間は、それなりに長かった。

だから健一は、自分も少しずつヨガが分かってきたのだと思っていた。

それでも、ときどき思い出すレッスンがある。

まだヨガを始めて間もない頃だった。

先生が、脚を見ながら言った。

「膝のお皿を上げて」

健一は言われた通りにしようとした。

膝のお皿を上げる。

ただ、それだけのことだと思った。

けれど、どうすればいいのかは、よく分からなかった。

先生はもう一度言った。

「膝のお皿を上げて」

健一は、もう少し力を入れた。

膝のお皿が上がった。

少しだけ。

「もっと」

そう言われて、さらに力を入れた。

それでいいのだと思った。

その頃の健一には、それ以上のことを考える余裕はなかった。

年月が過ぎた。

レッスンを重ね、身体も少しずつ変わった。

けれど、あの「膝のお皿を上げて」という言葉は、ずっと健一の中に残っていた。

分かったような気がしていた。

けれど、今思えば、分かっていなかったのかもしれない。

そんな頃、健一は、以前から少し気になっていた別の先生のレッスンを受ける機会があった。

一度、受けてみた。

同じヨガなのに、身体への入り方が違っていた。

今まで自分が意識したことのなかったところに、注意が向いていく。

一つの動きをしたあと、次の動きがある。

その順番にも意味があるようだった。

健一は、新鮮さと少しの驚きを覚えた。

もう一度、受けてみたいと思った。

そして、その先生のレッスンを定期的に受けるようになった。

先生の言葉のすべてが分かるわけではなかった。

けれど、何度も繰り返していると、身体のほうが少しずつ分かってきた。

膝のお皿を上げる。

その前に、足を置く。

脚を動かす。

少し回す。

骨盤の位置が変わる。

また脚を動かす。

そして、膝のお皿を上げる。

すると、それまでとは違って、膝のお皿が自然に上がった。

健一は、そこで初めて気づいた。

膝のお皿を上げるというのは、

膝のお皿だけを上げることではなかったのだ。

その前に、身体にはいくつもの準備があった。

十年以上かけて練習してきた自分が、

それを初めて身体で知った。

そのとき、昔の先生の声が、ふっと蘇った。

「膝のお皿を上げて」

あの言葉が間違っていたのかどうか。

健一には、もうそれを考える必要はなかった。

ただ、自分にはまだ、その短い言葉の前にあるものが見えていなかったのだ。

そう思うと、十年以上の時間も、少し違って見えた。

やがて健一自身も、人にヨガを教えるようになった。

ある日のレッスンで、健一は生徒に言った。

「膝のお皿を上げてみましょう」

生徒の動きが止まった。

少し困ったような顔をしている。

その顔を見て、健一は自分の昔の姿を思い出した。

そして、言葉を重ねる代わりに、

足を置き直してもらった。

脚を動かしてもらった。

少し待った。

もう一度、動いてもらった。

それから言った。

「では、もう一度、膝のお皿を上げてみましょう」

生徒の膝のお皿が、ほんの少し上がった。

生徒は自分の脚を見た。

「……今、少し分かりました」

健一は、ただうなずいた。

その夜、教室を片づけながら、健一は今日のことを考えていた。

昔は、できないことがあれば、もっと頑張ればいいと思っていた。

もっと力を入れる。

もっと繰り返す。

もっと努力する。

けれど、本当に必要だったのは、頑張ることだけではなかったのかもしれない。

その結果が生まれる前に、

何が必要なのか。

何を先に経験すればいいのか。

そこを見ることだった。

健一は、ふと昔の仕事を思い出した。

仕事がうまくできない人に、

「もっと早くやって」

「ここまでできるようになって」

と言ったことがあった。

あの頃は、それが指導だと思っていた。

けれど今になって思う。

「できるようになって」と言うだけでは、

膝のお皿を上げているのと同じだったのかもしれない。

結果だけを伝えて、その前に必要なことを見ていなかった。

健一は、少し笑った。

ヨガを続けて十年以上。

そして今になって、

身体から仕事のことまで教えられている。

電気を消す。

明日のレッスンのことを考えながら、健一は教室を出た。

何を教えよう。

そう思ってから、少し考え直した。

何を教えるか、ではない。

その人が次に気づくために、

「何を先に経験してもらおうか。」

扉を閉める。

外は静かだった。

答えは、まだ分からない。

けれど明日もまた、

誰かが自分で気づけるところまでの、

小さな道をつくってみようと思った。

09/08/2026

たまには、違う先生のヨガを受けてみる

ヨガを続けていると、いつの間にか、いつも同じ先生のクラスに通うようになります。

それは、とても自然なことだと思います。

自分の身体のことを分かってくれている。
いつもの先生の言葉なら、すっと身体に入ってくる。
少しずつ積み重ねてきたものがある。

だから、一人の先生のもとで長く練習することには、大きな意味があります。

でも、ときどき、違う先生のクラスを受けてみるのも面白いものです。

同じアイアンガーヨガであっても、先生が変われば、身体を見る角度が少し変わります。

同じポーズをしていても、

「ここをこうしてみてください」

と言われることもあれば、

「ここに力が入っていませんか」

と問いかけられることもある。

道具の使い方も違うかもしれません。

身体のどこに意識を向けるのかも違うかもしれません。

最初は、

「いつもの先生と言っていることが違うな」

と思うこともあるでしょう。

でも、そこでどちらが正しいのかを決めなくてもいいのだと思います。

違う言葉で身体を動かしてみる。

違う方向から、自分の身体を見てみる。

すると、

「ああ、こういうことだったのか」

と、以前から知っていたことが、突然違う形でつながることがあります。

あるいは、

「私はここに力が入りやすかったんだ」

と、自分では気づいていなかった癖に気づくこともあります。

それは、新しい知識を増やしたというより、

自分の身体を見る目が一つ増えた

ということなのかもしれません。

そして、もう一つ面白いことがあります。

違う先生のクラスを受けたあと、いつもの先生のクラスに戻ると、以前と同じ言葉なのに、少し違って聞こえることがあります。

前には分からなかったことが、分かる。

以前は何となくやっていたことが、身体の中でつながる。

先生が変わったから、ヨガが変わったのではありません。

自分の中に、新しい見方が一つ増えたのです。

もちろん、一人の先生と長く練習することは大切です。

その積み重ねがあるからこそ、違う先生の言葉を聞いたときにも、「自分の身体ではどうだろう」と確かめることができます。

だから、先生を比べる必要はありません。

どちらが正しいのかを決める必要もありません。

ただ、

「この先生の言葉では、私の身体はどう感じるんだろう」

と、自分に問いかけてみる。

そして、またいつもの練習に戻ってくる。

そんな経験も、ヨガの学びの一つなのだと思います。

ヨガを教えてくれる人はいても、最後に自分の身体を感じるのは、自分自身だからです。

06/08/2026

今日のレッスンを振り返って

今日は「肩を柔らかくするレッスン」ではありませんでした。

テーマは、

肩関節を解放し、その動きを全身へつなげていくこと。

そのために、足元から順番に身体を整えながら、最後は立位のアサナへとつなげていきました。

① 足元と骨盤を安定させる

まずは椅子に座り、ベルトやブリックを使いながら土台を整えました。

足で床を押し、骨盤を安定させることで、身体の中心が少しずつ感じられるようになります。

この土台があるからこそ、肩も無理なく動かせるようになります。

② 肩関節を正しい位置へ

今回、繰り返しお伝えしたのは、

「肩甲骨を寄せる」のではなく、「肩そのものを真後ろへ運ぶ」ということ。

肩を後ろへ導くと、肩甲骨は自然に下がり、首が長くなります。

その状態で、

上腕骨を外旋・内旋させる
肩関節へしっかり納める
僧帽筋を長く保つ

という動きを、ベルトやパイプ、ガルダサナ、ゴームカーサナの腕などを使いながら、さまざまな方向から繰り返し練習しました。

③ 肩から胸へ、そして呼吸へ

肩関節が安定してくると、次第に鎖骨が広がり、肋骨が持ち上がり、胸郭全体に広がりが生まれてきます。

レッスン中に何度もお伝えした

「肋骨を引き上げる」

という言葉には、肩だけではなく、呼吸の入る空間を身体の中につくるという意味も込められています。

肩が解放されることで、横隔膜やお腹まわりにもゆとりが生まれ、呼吸そのものが変わっていきます。

④ その状態を立位へつなげる

座位でつくった身体の状態を保ったまま、

パールシュヴァハスタパーダーサナ
ウッティタ・トリコーナーサナ
ウッティタ・パールシュヴァコーナーサナ
ヴィーラバドラ―サナⅠ

へと進みました。

ここで大切なのは、腕や肩だけを意識することではありません。

足でしっかりと土台をつくり、その力を骨盤、体幹、肩へとつなげていくこと。

肩関節でつくった安定が、全身の動きの中で保たれているかを確かめる時間でもありました。

レッスン中に出た質問

途中で、

「最近は、骨盤を正面に向けるという指導はしないのですか?」

という質問がありました。

私がお話ししたのは、

結果として骨盤は正面へ向かっていく。

でも、

最初から無理に正面へ向けようとはしない。

ということです。

身体には一人ひとり違いがあります。

まずは足で土台をつくり、その人にとって自然な動きを積み重ねていく。

そうして身体が変化していく中で、結果として骨盤も整っていきます。

アイアンガーヨガでは、形だけを追いかけるのではなく、自分の身体を観察し、経験しながら理解を深めていくことを大切にしています。

今日のレッスンの流れ


 ↓
骨盤
 ↓
肩関節
 ↓
肩甲骨
 ↓
鎖骨
 ↓
胸郭
 ↓
横隔膜
 ↓
腹部
 ↓
立位で全身へ統合

今日は肩だけを動かしたのではありません。

肩を入口として、身体全体のつながりを感じていただくレッスンでした。

最後に「お腹まで緩んだ感じがしました」という感想をいただきました。

それは肩だけが変わったのではなく、身体全体がひとつにつながり始めた証拠なのかもしれません。

また次回も、このつながりを少しずつ育てながら練習を続けていきましょう。

03/08/2026

オープンツイスト

「ハタヨガの真髄」のシークエンスをみると、最初に学ぶ事にタダアサナ、トリコーナアサナ、バールシュワコーナアサナが出てくる。

これらのポーズに入る前にウッティタハスタパーダアサナパールシュワハスタパーダアサナ

という2つのアサナが出てくる。しかしこのアサナの名前は検索をしても出てこない。

足を左右に開いて両手を水平にあげる。これがウッティタハスタパーダアサナそして片足を外側に回転させて、もう片方のつま先を中にいれるのがパールシュワハスタパーダアサナ

アサナの基本はタダアサナにある。日本語では『山のポーズ』と表記されていることが多い。

細かい事ははぶくが、パールシュワハスタパーダアサナの外側に回転した足の方で、タダアサナを作る。

そうすると骨盤は必ず外旋させたあしのへ傾く。それに合わせて後足を中に入れバランスをとる。こちらの後ろ足もタダアサナ。しかしこのとき後足のつま先に体重が移動してしまう。

この時、特に初心者は腰から体を捻りかかとに体重が載るようにする。そのためには肩を後に引きオープンツイストをする。

すると後ろ足側は軽いバックベンドが起こる。ここがポイントだ。

外旋させた足のアライメントを崩さないようにだ。よほど柔軟性がない限り、骨盤を無理に正面を向けるとはできない。無理に向けるとアライメントが崩れるのだ。アライメントが崩れると、得られるべき効果が得られなくなる。そしてロックがかかり次のポーズへと入っていく事ができなくなる。

俺だけかな。だから最近はこの俺のやり方でやっている。こっちの方がやっていてとても気持ちいい。

前回のレッスンからの物語「向きを変える前に」定年を迎えた春。浩一は庭の柿の木を眺めていた。若い頃に植えた一本だ。毎年、少しずつ枝を伸ばし、秋には甘い実をつける。だが今年は、片側の枝ばかりが大きく育っていた。日当たりのせいだろう。そう思って、...
31/07/2026

前回のレッスンからの物語

「向きを変える前に」

定年を迎えた春。

浩一は庭の柿の木を眺めていた。

若い頃に植えた一本だ。

毎年、少しずつ枝を伸ばし、秋には甘い実をつける。

だが今年は、片側の枝ばかりが大きく育っていた。

日当たりのせいだろう。

そう思って、浩一は枝を無理やり反対側へ引っ張ってみた。

少し力を入れると、枝はきしりと音を立てた。

慌てて手を離す。

「そんなに急に向きは変わらないわよ。」

後ろから妻が笑った。

浩一は苦笑いした。

昔からそうだった。

何かうまくいかないと、正しい方向へ戻そうとしてしまう。

仕事でもそうだった。

部下が迷えば、答えを教えた。

子どもが悩めば、正しい道を示そうとした。

妻とも、何度「それは違う」と言っただろう。

自分では相手のためだと思っていた。

けれど、気づけば誰も相談しなくなっていた。

数日後、近所の植木職人が庭へやって来た。

浩一は枝を見ながら聞いた。

「反対側へ曲げたいんですが。」

職人は枝を眺め、首を横に振った。

「無理ですね。」

そう言って、一本の細い縄を取り出した。

枝を引っ張るのではなく、少し離れた支柱へゆるく結ぶ。

ほんの少しだけ。

引っ張っているのかどうかも分からないほどだった。

「これでいいんですか?」

浩一は思わず聞いた。

「ええ。」

職人は枝を軽く撫でながら言った。

「向きを変えるんじゃありません。」

「向きを変えられる時間をつくるんです。」

浩一は、その言葉が少し分からなかった。

夏になった。

枝はまだ右を向いていた。

秋になっても、大きくは変わらない。

「やっぱり変わりませんね。」

浩一が言うと、職人は笑った。

「見てください。」

枝ではなかった。

枝の付け根だった。

少しずつ太くなり、木の中で新しい形が育っていた。

枝は引っ張られて曲がったのではない。

木自身が、新しい向きを受け入れられる形へ育っていた。

浩一はしばらく黙って眺めていた。

その夜。

夕食のあと、妻が何気なく言った。

「来月、娘たちが帰ってくるって。」

以前の浩一なら、

「だったら部屋を片付けないと。」

「何時に来るんだ。」

「泊まるのか。」

そんな言葉が先に出ていた。

けれど、その日は違った。

少し間を置いて、

「そうか。」

それだけ言った。

妻も、それ以上は何も言わない。

静かな時間が流れた。

窓の外では、柿の枝が風に揺れていた。

向きはまだ少し斜めだった。

それでも、以前より柔らかく揺れているように見えた。

人も同じなのかもしれない。

正しい方向へ引っ張られるから変わるのではない。

変われるだけの余白が、自分の中に育ったとき。

向きは、誰にも押されることなく、静かに変わり始める。

その日、浩一は庭へ出ると、枝を引っ張ることをやめた。

ただ幹に手を添え、しばらく風の音を聞いていた。

翌朝。

いつものように散歩へ出かける途中、近所の公民館の前を通ると、小さな看板が目に入った。

「ヨガ教室」

浩一は一度通り過ぎた。

少し歩いて立ち止まり、振り返る。

そして、小さく笑うと、公民館の扉へ向かって歩き始めた。

30/07/2026

今日の復習
課題 立位、座位、ねじり、仰向けのアサナにおいて、脚の動きをより深く感じるためのベルトの使用法

今日のレッスンには、かなりはっきりとした一本の流れがありました。
テーマは、単に「脚を整える」「骨盤を正面に向ける」ということではなく、
足元から自分の中心を探り、その中心を失わずに身体を動かすことだった。
最初の座位では、左右の股関節の間にある自分の中心を探り、そこから背骨や肋骨が立ち上がっていく感覚を見ていきました。
そのあとも繰り返し、
「頭で考えない」
「身体の方へ意識を向ける」
「中心から左右へ均等に伸びているかを見る」
「ベルトとコミュニケーションを取る」
という言葉が出てきました。
これらの言葉が、今日のレッスン全体を貫いていました。

今日のレッスンの大きな流れ
最初に座位で、左右の脚にかけたベルトを引き合いながら、骨盤と背骨の位置を探りました。
そこから片脚ずつベルトをかけ、左右でベルトの張り方や身体の感じ方に違いがないかを見ていきました。
続いて、
バッダコーナアサナ
ウパヴィシュタ・コーナーサナ
マリーチャーサナの脚
ウッティタ・パーダーサナ
パールシュヴァ・パーダーサナ
ヴィーラバドラーサナⅡ
ウッティタ・パールシュヴァコーナーサナ
ウッティタ・トリコーナーサナ
パールシュヴォッターナーサナ
ヴィーラバドラーサナⅠ
パリヴリッタ・トリコーナーサナ
座位でのオープンツイストとクローズツイスト
へと展開しました。
最後は、セートゥ・バンダ系の補助を使って脚や腰の後ろ側を伸ばしたあと、壁を使った休息へと移り、胸郭や横隔膜の動きを観察しました。

長いクラスでしたが、動きはばらばらではありません。
前半で脚と骨盤の関係をつくり、中盤ではその関係を立位へ持ち込み、後半で回転や前屈へとつなげ、最後に呼吸の観察へ戻っています。

今日、特に大切だったこと
骨盤を無理に正面へ向けない
今日のレッスンで、最も特徴的だった部分です。
パールシュヴァ・パーダーサナやヴィーラバドラーサナⅠでは、最初から骨盤を無理に正面へ向けるのではありません。

まず、外側へ向けた前脚のアライメントを整え、その脚の向きに骨盤を合わせます。

後ろ脚にはターダーサナの働きをつくり、かかとで床を押しながら、腿の外側を股関節へ引き込みます。
たとえば右足を外側へ向けた場合、まず右脚と骨盤の向きを合わせるため、骨盤はやや右を向きます。

そこから右脚と骨盤の関係を崩さずに、おへそから上の胴体を左へ回転させ、胸を正面へ向けていくオープンツイストを行いました。

骨盤を無理に正面へ押し込むのではなく、骨盤を少し傾けたまま、腹部や腰の内側に長さをつくっていきます。

その回転によって、骨盤の内側や腰の周囲、腹部が上下や左右へ引き伸ばされていきます。

そして、身体の中に十分な長さが生まれたところで、初めて骨盤が少しずつ正面へ近づいていきます。

これは、以前から話していた先生の考え方が、今日はかなり具体的な形になって現れた部分でした。

「骨盤を正面に向けなさい」
という結果だけを求めるのではなく、
正面へ向くことのできる身体を、先につくる
というレッスンです。

オープンツイストの意味
今日のオープンツイストは、単に胸を回すためのものではありません。
外側へ向けた脚のアライメントを崩さず、その脚と骨盤の関係を保ったまま、上半身を反対方向へ回転させます。

たとえば右足を外側へ向けた場合、まず右脚に骨盤を合わせます。
その状態から、骨盤を足についてこさせないように保ちながら、おへそから上の胴体を左へ回転させ、胸を正面へ向けていきます。

このとき、左側の腹部や腰、腸骨の内側が押し潰されるのではなく、上下へ引き離されるように伸びていきます。

同時に、右脚は床を押し、腿の外側を股関節へ引き込みながら、骨盤を支え続けます。

上半身だけを無理にねじるのではなく、脚と骨盤を安定させたうえで、その内側に空間をつくる回転です。

その長さが、次に行うトリコーナーサナやパールシュヴォッターナーサナ、パリヴリッタ系の準備になっています。

今日のレッスンは、アーサナを一つずつ完成させて終わるのではなく、
一つの動きが、次の動きの内側を準備する
という組み方になっていました。

「中心を探る」ということ
今日扱っていた中心は、身体を左右対称な形に固定することではありません。
外から見て左右が同じ形になっていたとしても、身体の中では片側に体重が寄っていたり、一方の股関節が硬かったり、片側の腹部が潰れていたりします。

だから先生は、
「右で行った時と左で行った時に、ベルトの長さが違わないか」
「右足と左足の真ん中に自分がいるか」
「身体の中が左右均等か」
「どちらの鼠蹊部が硬いか」
「呼吸が浅くなっていないか」
と問い続けていました。

中心は、最初から身体の中に固定された一点として存在するのではありません。

左右の脚が床を押す力や、ベルトを引き合う力、股関節や腹部の違いを感じながら、そのつど探り直していくものとして扱われていました。

以前のレッスンで話していた、「軸をつくる前の段階」ともつながります。
今日も、身体の中に一本の軸が完成したわけではありません。

けれど、左右の脚で床を押し、ベルトを引き合い、その間にある身体を感じることによって、
「こちらへ寄ると、一方が硬くなる」
「ここから少しずれると、呼吸が浅くなる」
「この位置では、腹部の片側が潰れてしまう」
ということが、少しずつ分かってきます。
中心そのものを明確につかんだというよりも、中心から外れた時に起こる違和感を感じ取ることで、中心の輪郭が見え始める
という段階でした。

住所

小倉北区魚町2丁目6-1  商工会館内
Kitakyushu-shi, Fukuoka
802-0006

電話番号

+818010019917

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