07/08/2026
昨日8月6日(木)、誕生日でした。
たくさんのメッセージ、ありがとうございますm(__)m
まだ返し切れていないので、ゆっくり返信させてください。
私、節目の40歳を迎えました。
若い頃に聴いていた音楽を聴いて、思いがけないフレーズで涙が溢れるようになりました。
年齢を重ねて、受け取れる情報量が多くなった気がします。
情報を受け取る際、自分なりの解釈を挟むことが多いと思うのですが、共感できることも増えるので、受け取れる情報に、ロスが少なくなってくる。
映画を観ていても、若い頃には理解できなかった、細かいニュアンスが掴めるようになって、一度観た映画を、ちゃんと、咀嚼できるようになってくる。
人のからだを診ていても、受け取れる情報量が格段に多くなっているんです。
からだに触れ、知識だけで診ていたのでは、その枠から出ることはできない。
師匠から教わったことが理解できるようになったのですが、同時に、教わったことの枠を離れて、考えることができるようになってきたかもしれません。
東洋医学を習いたての頃に覚えたことって、その後も尾を引くというか、習ったことによって知識が固定化されて、違う見解を聞いたとき、拒否感が出やすい。
他者のことばを否定してしまうことがある。
でも、年齢を重ねていくと、すべては自分の中から出てきているので、いいとか、わるいとか、二元的に考えられることが少ないことがわかる。
複雑な世界が見えてきた時ほど、知識だけではない「経験」が大切になってきて、経験があるからこそ、「頭」だけではなく、「からだ」で情報が受け取れるようになってくる。
音楽を聴いて、前には響かなかった歌詞にこころを打たれるし、何気ないことを、かけがえのない宝ものに変えることができるようになった気がします。
コロナ禍を越えた頃、すべてを投げだし、鍼灸師を辞めようと本気で考えたのですが、鍼灸師を続けてきてよかったと、最近は思える自分がいます。
みなさん、出会ってくれてありがとうございます。
どれだけ支えてもらったか、わかりません。
みなさんのお陰で、ちゃんと40歳を迎えられています。
たぶん、私のことを気にかけて、安否確認をしに、来院してくれていた方もいらっしゃるはず。
でも、今は大丈夫です。
一度バラバラになってから、調子を崩す方の気持ちが、痛いくらいにわかるようになりました。
当たり前の毎日を送っています。
当たり前の毎日が幸せで、焦りのためにSNSに投稿することもなくなりました。
人間って、本来素朴な生きものなのかもしれません。
ただ行動して、やりたいことだけやって、食べものを食べて、寝る。それだけ。
疲れたら、素朴に生きたらいいのです。
何かと戦ったりしなくてもいいのだと思います。
生きてさえいれば、なんとかなるから。
そんなことを、40歳になった私は思っているのです。
いつもありがとうございます。