11/09/2026
骨格という構造の上で、
私たちはどう身体を組織しているのか。
どこで身体を支え、
どう呼吸し、
どうやって重力の中で立ち、動いているのか。
その多くを、私たちは意識していません。
最近、側弯症の方にFIのレッスンをしています。
側弯そのものは「生まれつきのものでしょう」と言われていたそう。
加齢とともに変形が目立つようになり、
最近では強い前屈によって胃が圧迫されているのか
食事にも影響が出ている、と。
初回のレッスンの後、
前屈みだった身体はかなり起きていました。
そして2回目。
レッスンを終えて立った姿を横から見ると、
ほとんど「まっすぐ」と言っていい状態に。
ご本人が姿勢を正そうとしたわけでも
「背中を伸ばしてください」と
レッスンで練習したわけでもありません。
そしてもちろん、
側弯という骨格構造が
2回のレッスンでなくなったわけでもありません。
・・・・では、何が変わったのでしょう。
骨格の形と、
その骨格を使って今この瞬間に
「どう立っているか」は、同じではない。
今ある構造、重力、環境の中で、
倒れず、呼吸し、動けるように、
つまり、生き抜くために
私たちの神経系は、
身体を絶えず組織しています。
そして、生き抜くことができた方法は
繰り返されます。
例え、それが最善でなくても。
それが長い時間をかけて
「いつもの私の立ち方」
「いつもの私の動き方」になっていく。
やがて、それ以外の方法があることさえ
感じられなくなることもある。
フェルデンクライスでは、
それを外から「正しい形」に直そうとはしません。
むしろ、その人のシステムが
今、すでにしていることについていく。
違いを感じられる条件をつくり、
いつもの自動的な反応に、
ほんの少し、間(ま)をつくる。
すると、ときにこちらが予想していなかったような
別の組織化が立ち昇ってきたりする。
ここまでのレッスンのポイントは
「まっすぐになった」、ではなく
**これほど違う状態が、
同じ人の中に存在し得た**
ということ。
変えられない構造はあるかもしれない。
でも、その構造が
私たちの動き方や生き方のすべてを
決めているとも限らない。
「自分の身体はこういうものだ」と
思っているもののうち、
どこまでが本当に変えられないものなのでしょう。
そして、まだ自分が知らない身体の
在り方があるとしたら
そこには、どんな自分がいるのでしょう。