28/08/2026
<カウンセリングについて>カウンセリングについて興味ある方は、割とおられると思います。その中で実際に受けた人とない人では、カウンセリングに対しての理解が割と違うのではないかと感じています。今回はその差を埋めるような目的で話してみたいと考えています。
<カウンセリングは話すだけ?>カウンセリングと聞いてどんなことをイメージするでしょうか。なんでもはなしていいところ?それはそれほど間違いじゃないですが、自由連想法という精神分析の技法から来る流れです。カウンセリングは英語の「counsel」という言葉からきています。言葉自体はアメリカの教育学からの流れです。日本語では相談する。助言すると言う意味です。はなしをしてなにか意味があるんですか。と聞いてくる人があります。実際の臨床でこういうことを言ってくる場面というのは緊張感のあるケースが多いです。率直に答えるかは別ですが、話をするだけでは先行きは暗いでしょうと思います。「相談する」にならないとカウンセリングはうまくいきません。一つは方向性や目的の問題。相談という言葉にはそれ自体の中に問題解決へ目指す矢印が含まれています。問題解決へのモチベーションがないとカウンセリングはうまく行きません。2つ目は、これも相談という言葉の中に答えはほのめかされていますが・・、相談相手、他者が必要だということです。どんなに能力的に優秀な人でも一人では相談は成り立ちません。前述のはなしをしてなにか意味があるんですか。と聞かれた方は相談者と「出会う」ということに対してひどく無頓着か非常に過敏であるかと予想します。平均的、一般的カウンセリング像とはつまり、クライアントが相談相手(他者)とともに問題解決を目指す共同作業のことと言えると思います。1つ目、2つ目ともに普通の感覚であれば、わざわざ言葉にしなくても当たり前のことだと思います。しかし実際にカウンセリングを経験してみると問題解決に「したくない」「すすみたくない」という流れに出会うことはよくあります。この時、流れをしっかり自覚したうえでカウンセリングを中止する。もしくは流れを自覚して先へ進む。どちらでもカウンセリングは成功と言えます。失敗は、すすみたくない流れの存在がうやむやのまま終わっていく、または別の取り繕ったような理由で終わっていくパターンです。繰り返しますが、カウンセリングの過程において問題を解決したくないという流れは割と起こるのです。
<セッションを創造する>2つ目についてもセッション(一回のカウンセリングをこう呼びます。)は相談者と相談相手の共同作業であるということ、このことがうまく浸透していないとカウンセリングは良い経過をたどりません。この時、相談者の抱える課題に相談者とカウンセラーがすっと共同作業に入れるとカウンセリングの経過は明るいですが、相談者とカウンセラーの「出会い」のプロセスで相当時間がかかることがあります。これはどんなケースでも多少あるものです。しかし本来の目的であるはずのカウンセリング課題にエネルギーがむかわず、相談者ーカウンセラーの関係づくりにばかりむかっていくようになるとやはり難しいカウンセリングになります。私は得意ではないパターンですが、精神分析系のカウンセラーだとむしろ、相談者ーカウンセラー関係こそが分析の活きた素材だと捉えるとも思われますのでそれほど苦手意識はないかもしれません。
<能動的な参加が必要>いずれにしてもカウンセリングは未経験の人が想像するよりはずっと能動的な参加が求められます。例えるなら、マッサージ屋にいくのではなくスポーツジムにいく感じです。カウンセラーはしばしばセラピストと呼ばれたりするので、患者さんの中には真に本気ではなくてもなんとなく癒しの神通力を期待しているひとは決して少なくないと思います。始めるまではそれでもいいですが、ある程度続くことになったら能動的な参加がないと成功はしないでしょう。今回はカウンセリングに興味があるけども経験したことがない人向けに、想像していたのとちがうと感じそうなところを書いてみました。参考にしてください。以上です。